2017.09.19火曜日

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"怖い"と言われれば知りたくなる、知ればもっと怖くなる…!?
女優・吉田 羊がいざなう『怖い絵』の世界

吉田羊 イメージ1
撮影・蔦野裕 / ヘアメイク・paku☆chan(ThreePEACE)/ スタイリスト・梅山弘子(KiKi inc.)

作家・ドイツ文学者の中野京子氏が、その作品にまつわる“怖い”エピソードとともに名画を紹介するベストセラー『怖い絵』シリーズ。刊行10周年に合わせ、本に登場した名画の数々など“怖い絵”が集結する「怖い絵」展が10月7日から東京で開催される。本展のナビゲーター・音声ガイドを務めるのはドラマ、映画、舞台と幅広い作品で人間の内面を表現してきた女優・吉田羊。演じるのも、見るのも楽しい“怖い絵”の魅力とは?

展覧会のタイトルを聞いた瞬間に興味を持ったと明かす吉田羊。

「今回の企画を聞いた時点で面白そう!と思いました。「怖い絵」展という名前からしてキャッチ—じゃないですか。“怖い絵”とはどんな絵なのだろう、と興味がわきましたね。ただ私自身は絵に造詣が深いわけでもなく、果たしてナビゲーターが務まるのだろうかという不安はありました。でも、自分が興味を持ったのだから勉強するのも楽しいはずと、ぜひやらせていただきたいとお返事したんです。中野京子先生の『怖い絵』シリーズも読ませていただき、なるほどこういう絵の楽しみ方もあるんだと、ますます興味がわいてきました」

吉田のガイダンスは、先に開催された兵庫展でも大好評。

※1:オーブリー・ビアズリー ワイルド『サロメ』より《踊り手の褒美》1894年個人蔵

「やはり“怖い絵”がテーマなので声は低めのトーンを意識しました。また、あくまでガイダンスなので鑑賞する方自身の感性で作品を見ていただけるよう、私の表現を押し出すことのないよう努めましたね。ただ、詩を読むパートや『サロメ』(※1)の冒頭などの演出的な部分は、女優として頑張らせていただきました(笑)。『サロメ』の収録では最初、怖さを出そうと魔女をイメージした声でセリフを読んだのですが“サロメは若い女性なのでもう少し若いトーンでお願いします”と指示を頂きまして…(笑)。勉強になることばかりでした」

“怖い”と言われると、何が怖いのか知りたくなる、と吉田。

「一見して怖い印象が伝わる作品もあれば、見ただけではどこが怖いのか分からない作品もあるので、その絵のことを知りたくなるんです。題材となっている物語や、その作品の時代背景などを知ると、もっと多角的な視点で鑑賞することができるし想像力も広がる。怖さの先にある物語を想像してみたり、画家がどんな思いでこの題材を選んだのか考えてみたり。私自身、絵には疎いですし、美術展鑑賞なんて敷居が高いという気持ちがあったのですが、今回はすごく楽しませていただきました。私のように、絵のことを知らずに行っても場違いじゃないか、楽しめるだろうかと考えてしまう方も少なくないと思うんですが、本展は絵のことを知らなくても楽しめる、知らない人がもっと知りたくなる、そういう美術展だと思います」

本展では“怖さ”をテーマごとに分けて作品を紹介。見る者は、悪魔や妖精、天災、殺人などいろいろな“怖さ”と出会う。

※2: ウォルター・リチャード・シッカート 《切り裂きジャックの寝室》 1906-07年 油彩・カンヴァス マンチェスター美術館蔵 ©Manchester Art Gallery / Bridgeman Images

「暗い浜辺での殺人の瞬間を描いた絵があるんですが、これはあのセザンヌの作品なんです(ポール・セザンヌ《殺人》)。セザンヌといえば美しい風景画の印象がありましたけど、若いころはあんな暗い絵も描いていたと初めて知りました。しかも妙に生々しいんです。現場を目撃したのかとか、鬱屈した思いを込めたのかとか、いろいろ考えてしまいました。あと、切り裂きジャックの部屋を描いた作品(※2)もとても不気味で印象深かったです。最初に資料でこの作品を見たとき窓際の椅子が人物に見えて、切り裂きジャックを描いた作品なのかと思ったんですが、解説を読んで無人の部屋だと分かりました。しかも作者のシッカートは切り裂きジャックが住んでいたとされる部屋をあえて借りていたとか、シッカート本人が切り裂きジャックだったと考えている人もいるとか、そういう背景を知ってみると、暗い無人の部屋がより怖く感じられて(笑)。これもぜひ背景を知ってほしい作品の一つです。逆に、一見まったく怖くないけど…という作品の一つがフレデリック・グッドールの『チャールズ1世の幸福だった日々』。遊覧船に乗って楽しむ王家一家を描いた平和な絵なんですが、描かれているのは後に革命で処刑されたチャールズ1世とその家族。それを知って見ると、これは彼ら一家が幸せに笑った最後の日だったのかも…と思えていたたまれなくなりました」

中でも吉田を圧倒したのが、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する大作名画《レディ・ジェーン・グレイの処刑》(※3)。

「圧巻でしたね。展示されている部屋の入り口に立った瞬間、わーっと迫ってきて、思わず涙が出ました。もちろん収録に向けて勉強する中、資料や図録などで、どんな絵か見知っていましたけど、やはり実物を前にすると本物の力とでもいうか、圧倒的なものを感じました。サイズも大きくて迫力ありますし。中野先生もおっしゃっていましたが、完璧に計算された、舞台のような構図は見事というほかありません。あまりにも美しくてまるで演劇を見ているような感覚に陥りますが、細部にまで目を向けてみると、斬首するのに邪魔なアクセサリーが外されていたり襟元が広げられていたり、その描写は真に迫っていて、確かに現実に起こったことを題材にしているんだと実感させられるんです。絵の中の登場人物たちの悲しみや苦しみ、悔しさ…いろんな感情が押し寄せてきました。その中でもやはりジェーン・グレイの姿に圧倒されますね。わずか9日間でも王座に就いた彼女の覚悟というか、凛とした姿が胸に迫り心が震えました」

ドラマ性に女優魂もうずいたのでは?

「さすがに16歳のジェーンを私が演じるのは無理があるかと思いますが(笑)、絵の左側にいる侍女の役なら演じてみたいですね。例えば、その侍女の独白から舞台の幕が上がって、レディ・ジェーン・グレイの数奇な生涯が語られていく…そんな舞台があればぜひやってみたいです。『サロメ』も演じてみたいキャラクター。愛を拒んだ相手を殺してしまうという恐ろしい女性ですが…サロメのような役をいただけたら、きっと本展で見たビアズリーの絵を思い出すでしょうね」

こうした名画が役作りの手助けになることもある、と語る。

「以前にドラマで葛飾北斎の娘である葛飾応為(かつしか おうい)の役をやらせていただいたことがあり、その時は北斎や応為の絵を見てイメージを膨らませていきました。本人が描かれてはいなくても、筆遣いや色使いを見ていると、なんとなく応為の気持ちが伝わってくるというか、少し彼女に近づいたような気がしました。それ以来、浮世絵が好きで、歌川国芳なども大好きなんです。国芳はそれこそ妖怪や幽霊といった怖い絵を描くんですが、背景を知ってみると実は社会風刺だったりするんです。今回とはまた違う“怖い”絵ですね。役作りをするうえで想像力を刺激することはとても重要。役にちなんだ作品を鑑賞できる機会があれば、大きな助けになるでしょう。今後、私も美術館に通うようになるかも(笑)」

「いろいろな“怖い”があるけれど一番怖いのはやっぱり…人間かも(笑)」

今秋は人気ドラマ『コウノドリ』待望のシーズン2が放送。

 

「このドラマは続編を希望する声がとても多くて、私自身もすごく楽しみにしています。私は小松留美子という助産師の役を演じているのですが、彼女が本当に素敵な人で、ドラマを見て“小松さんが好き”と言ってくれる方がとても多いんです。中には、助産師は難しいのであきらめかけていたけど小松さんのようになりたいので頑張りますと言ってくれた方もいます。フィクションではありますが、実際の周産期医療の現場で起こることをきちんと見つめている作品。本作のように現実世界に良い力を与えてくれるドラマもそう多くないと思うので、今回も原作のメッセージを大切にしながら丁寧に小松を演じていきたいと思っています」

“怖さ”を希望に変える人々のドラマ。

「赤ちゃんが毎日、撮影現場にいますからね。人って赤ちゃんがいる前だと怒らないんですよ。自然とみんな笑顔になるんです。小松を演じている私自身が人間を大好きになれる。こういう役に出会えたことに本当に感謝しています。今回の展覧会で出会った作品を思うと、多くの人が怖い思いをした歴史の上に今の時代が成り立っているんだと改めて気づかされて、何気ない日々にも感謝したくなりますね」

 

吉田にとって“怖さ”とは…?

「女優として怖いことは、やっぱり役を自分のものにできるかどうか。演じる人物について意味が分からなかった部分が、ある瞬間にふっと分かることがあるんです。そのタイミングを見つけるまでが、すごく怖いんです。でも霧が晴れた瞬間、その怖さが演じる楽しさに変わる。役作りは怖いけど楽しい作業ですね。そうして演じたものが見る人の心に届くと、やって良かったと心から思います。人として怖いことは…心、かな。薄皮一枚で、正義感が悪魔的になることだってあるし、それが自分や人の人生を一変させることだってある。本展でもさまざまな“怖さ”が登場しますけど、最後の部屋まで来ると最終的に一番怖いのは人間なのでは…という気がしました(笑)」

怖がりつつも楽しんでしまう…やっぱり人間が一番怖い!? 

(TOKYO HEADLINE・秋吉布由子)

「怖い絵」展 上野の森美術館 10月7日(土)〜12月17日(日)

“恐怖”に焦点をあて、その作品の時代背景や描かれている物語とともに名画を紹介していく作家・ドイツ文学者の中野京子による『怖い絵』シリーズ。その刊行10周年を記念して開催する展覧会。シリーズで紹介された作品を筆頭に、本展のために新たに選ばれた作品も含め、約80点を展示。日本初公開となる、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが誇る名画《レディ・ジェーン・グレイの処刑》をはじめ、ターナー、モロー、セザンヌなど、ヨーロッパ近代を中心とした巨匠たちの作品を、さまざまな“怖さ”ごとに一挙紹介。感性のみで鑑賞する楽しさとは別に、背景や逸話を知ることでさらに感性や想像力が高まるという、美術ファンでなくとも必見の展覧会。

※3:ポール・ドラローシュ 《レディ・ジェーン・グレイの処刑》 1833年 ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵 Paul Delaroche, The Execution of Lady Jane Grey, ©The National Gallery, London. Bequeathed by the Second Lord Cheylesmore, 1902 

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